シンジレイの事情
第1話
カツカツ
先生が説明する声と板書する音だけが響いてる数学の授業。
はっきり言って退屈だ。
とは言ってもそれを顔に出すわけにはいかないし。
まじめぶった顔で授業を受けてるわけだけれども・・・
あれ、誰かが当てられたのかな?
「・・・わかりません。」
「じゃあ・・・」
「わからないです・・・」
・・・・・・こんな感じでみんな当てられた問題が分からないらしい。
あー、もぉ、何でこんな問題ができないかな?
先生もちょっといらいらしてるみたいだった。
「ふーっ。仕方ないな・・・綾波。」
やっぱりこうなるわけね。
ま、こういう時に当てられるのはわたしか「あいつ」に決まってるんだけど・・・
そんな事を考えながらも、
「・・・はい。」
と静かに答えて、ゆっくりと席を立ち、一気に黒板に答えを書き上げた。
「相変わらず見事だな。皆も綾波を見習うように。」
当然ね。
睡眠時間を削って勉強してるんだし。
「完璧」を演じるために日夜努力してるんだから。
でも、周囲からの賞賛の視線のためならそんな事なんでもないけどね。
嫉妬の視線でさえ心地よく感じられるし。
でも。
問題は「あいつ」・・・碇シンジよね。
わたしの同僚のクラス委員。
わたしと同じくらい勉強ができて。
そこそこ運動なんかもこなせて。
人当たりも良い。
ま、ちょっと暗い感じがするけど「落ち着いてる」って言ってしまえるようなものだし。
で何が言いたいのかっていうと、あいつのおかげでわたしに向けられる賞賛の視線が減るってことなのよね。
だいたい、
「綾波さんもすごいけど、碇君もすごいよね。」
とか。
「うちのクラス委員は二人ともさすがって感じだよなぁ。」
とか。
こんな風に同列に扱われる、なんて状況を打破しなきゃなぁって思うんだけど、なかなかその機会がないのよねぇ・・・
◇ ◇ ◇
すごいな。
黒板にすらすらと解答を書いている綾波さんを見ながらそんなふうに思う。
僕も問題自体は解けたたけど、あんなふうにすっきりとした形で解く事はできなかった。
それに勉強だけじゃなくて運動もできるし。
あんなに美人なのにそれを鼻に掛けたりもしない。
口数は少ないけど無愛想ってわけでもない。
話しかければ丁寧に受け答えしてくれる。
欠点なんてないんじゃないかってさえ思う事がある。
やっぱりすごい。
でも、そんな事をクラスメートに話すと、
「碇だって似たようなもんじゃん。」
とか言われる。
そんなものかな、とも思う。
実際、客観的に判断すれば僕と綾波さんは同じくらいの評価を与えられるのかもしれない。
けど、違う。
何かが、違う。
僕と綾波さんの間には違いがある。
それも決定的な違いが。
最初はそんな事には気付かなかった。
いや、違いがある事さえ分からなかった。
気付いたのは二週間前。
その日は天気もよくて僕は学校の桜を見ようと思って校庭を散歩していた。
そうしたら桜の木の下に綾波さんが立ってたんだ。
僕は桜をながめていた綾波さんの姿にただ見とれていた。
そうしたらふと綾波さんが僕のほうを見たんだ。
綾波さんは僕を見て柔らかく微笑んでくれた。
その時の綾波さんの瞳は僕をまっすぐに見ていた。
僕に気付かせてくれたのはそのまっすぐな瞳。
自分には到底持てないような輝きを持っていた。
なぜだろう。
なんで綾波さんの瞳はあんなに輝いていたんだろう。
そして、その時に思ったんだ。
綾波さんのことを知りたいって。
あのまっすぐな瞳を持った女の子のことを知りたいって。
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