僕のまわりにあるのは真っ赤な世界だった。
 かたわらにはぼろぼろになったアスカが横たわってる。
 そして、目の前にある赤い海の沖には崩れかけた天使の像。
 その他には何もない。
 さびしい、さびしすぎる世界だった。
 僕の目の前に広がる「コレ」はなんなんだろう?
 僕が今までしてきたことは無駄だったのかもしれない。
 カヲル君をこの手で殺してしまった時もそう思った。
 だから逃げて、でもミサトさんに言われてやれることをやってみようって気にはなった。
 けど何もできなかった。
 その後のことはよくわからない。
 ただ、誰かに僕の望みを聞かれたような気もする。
 ・・・なら僕はこんな世界を望んだのだろうか?
 そんなはずはないって信じたい。
 あの時のことはよく思い出せないけれど、僕はもっと当たり前の世界を思い浮かべてた。
 今までのように、笑ったりケンカしたりしながら平和に過ごせる世界。
 なのに。
 ここには、なにもないんだ。


終わりのはじまり


 セミの声がうるさい。
 それにじめじめと熱いし。
 ようやく眠れたっていうのに・・・・・・セミ?
 それに車の排気音とかも聞こえる。
 僕はあわてて目を開いた。
 目の前に広がるのは、見なれたはずの、でももうなじみがなくなってしまった街並み。
 僕が第三新東京市にくる前に住んでいた街だった。
 どうしてなんだ?
 ついさっきまで、僕はあのさびしい世界にいたはずだ。
 何日も何日も他に誰かいないかって歩き回って、くたくたになって倒れるように目を閉じた。
 そのはずだった。
 いったい、どういうことなんだろう?
 世界が元に戻ったっていうことなのか?
 僕の望んだようになったってことなのか?
 けど、それならどうして僕はこの街にいるんだろう。
 この街にいい思い出なんて何もない。
 いや、思い出そのものがほとんどない。
 そういう意味なら、嫌な思い出も多いけれど第三新東京市のほうがまだ思い入れがある。
 ・・・とにかくここで転がっててもしかたないか。
 僕はとりあえず辺りを歩いてみることにした。

 はじめに感じたのは、ぜんぜん変わってないな、ってことだった。
 ここを出て一年近くたつはずなのに、この街は僕の記憶のままだった。
 でも変だな。
 普通なにかしら変わってそうなものだけど・・・
 それに、そこらにかかってる音楽なんかも昔の曲ばかりだし。
 そんなことを考えながらぶらぶら歩いてると、後ろから声をかけられた。
「よう、なにボケボケ歩いてるんだ?」
 振り向くと、前の中学のクラスメートだった。
 名前は思い出せないけど、彼とはそれなりに話をしてたような気がする。
 まあ、ホントに「それなり」だったんだけど。
 ・・・にしてもぜんぜん変わってないな。
 背とかもほとんど伸びてないんじゃないか?
「おい、どうしたんだよ。」
 あ、まずい返事を忘れてた。
「あ、ゴメン。ちょっと考え事しててさ・・・」
「ふぅん?ま、いいけどさ。」
「けど、ひさしぶりだよね。」
 僕がそういうと彼は思いっきりあきれた顔をした。
「なに言ってんだ?」
「なにって・・・」
「学校で散々会ってるだろうが。」
 ・・・え?
「ったく、マジでボケてんだな・・・」
 どういうことなんだ?
 学校で散々会ってる?
 この街を出てないことになってるのか?
「おい、大丈夫か?」
 僕がそのまま黙ってしまったので、心配そうに尋ねてきた。
「え、あ、平気だよ。」
 僕はとりあえずこの場を取り繕うことにした。

 あまり上手く行ったとも思えなかったけど、一応はごまかせたみたいで、何とかあの場を離れることができたんだけど・・・
 いったい何が起こってるんだろう?
 僕が第三新東京市ですごした間のことがなかったことになってるのか?
 もしかしてタイムスリップってやつとか?
 ・・・まさかね。
 いくらなんでも・・・って頭を軽く振った僕の目に捨てられた新聞が飛び込んできた。
 新聞を見れば今日がいつかわかる。
 そう思って、それを拾い上げて日付を調べてみる。
 2014年10月8日。
 僕がこの街を出たときどころじゃない。
 本当に時間をさかのぼったのか?

 結局、その日一日歩き回ってみたけれど。
 僕がタイムスリップしたみたいだって思い知らされただけだった。
 何を見ても今日が2014年の10月8日だって書いてあったし。
 使徒やエヴァのことに関して何かが触れてるってこともなかった。
 おまけに「先生」のところに行ったら帰りが遅くなったことを怒られただけだし。
 で、ご飯を食べてお風呂に入り、今布団の中でねっころがってるんだけれど。
 これからどうすればいいんだろう?
 僕が過去に戻ったんだとして、このまま時間がたてばやがては父さんからの手紙がくるのか?
 また僕はエヴァに乗るのか?
 そして・・・・・・あの世界にたどり着くのか?
 それだけは嫌だった。
 けれどどうしたらいいのかがわからない。
 そもそも今何が起こってるのかさえはっきりとは分かってないんだから。

 なんかそんなことを考えてたらいつのまにか寝てしまっていたようで、気づいたらもう辺りは明るくなっていた。
 でも、何にもする気がおきなくてそのままボーっとしてたら「先生」に起こされた。
 学校に遅刻するだろうって言われたんだけど、そういうものもあったんだっけ、くらいにしか思えないんだよな・・・
 なんか現実感がなくなってるっていうか、夢を見てるような感じなのかもしれない。
 とはいえ、そのままごろごろして怒られるのもバカらしいんで着替えて学校には行ったんだけど。
 まあ、教室に入ると確かにみんな見たことのある顔ぶれで、僕が入っても誰も不思議に思うようでもなくて。
 出席をとるときに自分の名前を呼ばれたりして、なんとなく過去に戻ったって実感してみたり。
 正直言うと、寝て起きたらあの世界じゃないかって考えたりもしたんだけれど。
 このまま暮らしていくしかないのかな、やっぱり?

 どうもその予感は当たっちゃったみたいで、何も起こる事はなくただ日が過ぎていった。
 もっとも、そのあいだ今の状況について考えてはいたんだけれど・・・
 「どうしようもない」って結論が出ただけなんだよなぁ。
 実際、考えてどうなるものでもないし。
 それよりも、これからどうするかってことを考えたほうがよさそうだった。
 つまりは「エヴァに乗るか」ってことなんだけれど。
 正直言って気が進まない。
 もう一度使徒と戦って勝てるって自信はないから。
 思い返してみれば、僕達の戦いは綱渡りみたいなものだったってよくわかるし。
 たとえ未来が僕の知ってるように動くとしても、それが役に立つのかっていうのも疑問だし。
 ・・・もし、僕が第三新東京市に行かなかったらどうなるんだろう?
 やっぱり綾波が戦わさせられて・・・・・・でも、あの傷で勝てるわけもないよなぁ。
 エヴァが使徒に負けたらどうなるんだろうな。
 人類が滅びるとか言われたけど、使徒を全部倒した後のほうがよっぽど問題だったし。
 アレじゃあ人類が滅びたようなものだって気もするし。
 結局は変わらないのかもとも思う。
 早いか遅いかってだけの問題で。
 でも、だからってあそこから逃げていい理由になるんだろうか?
 答えは出ないままだった。

 それから僕はそのことばかり考えていた。
 おかげでまわりとほとんど話もしなかったんで、前以上に「暗い奴だ」って思われてるみたいだけど。
 父さんの手紙がくるまでに自分の考えを決めておきたかったんだ。
 でも、何の結論も出ないままに「その日」が来てしまいそうだった。
 迷ってるワケはたった一つ。
 僕に何ができるのかって事。
 行かなきゃって思いもあるにはあるんだけれど。
 「あの世界」で感じた絶望が、僕の心にまだ残っているから。
 結局あそこに行きつくのなら。
 最初から何もしなくてもかまわないのかもって思ってしまえて。

 だけど。
 実際に手紙が来て。
 ろくに挨拶も書いてない素っ気の無い文面を見て、なぜか僕は第三新東京市に行くことに決めた。
 ワケは自分でも分からない。
 前みたいに父さんに会いたいなんて理由じゃないってことだけは確実だけど。
 綾波やミサトさんに会える?
 それも違うな。
 2人とも「僕」を知ってるわけじゃない。
 僕のほうに2人の記憶がある分、会ってみてもつらくなるだけなのかもしれない。
 ・・・「3人目」の綾波に会った時みたいに。
 だけど僕はもう一度あそこに行くことにしたんだ。
 いろいろな思い出のある、あの街に。

 そして、僕は新箱根湯本駅の改札に立っている。
 非常事態宣言とかが発令されてるんで人気は全然無いんだけれど。
 ここで待ってればミサトさんが来るんだし、とか思ってボーっとしてたりする。
 そういえば、前にこの辺りで綾波の幻を見たんだっけ。
 あの時は誰だかわからなかったんだよな。
 ってなんとなくそっちのほうを向くと。
「・・・・・・綾波。」
 僕は思わずつぶやいていた。
 ほんの一瞬だったけど、確かに綾波の幻が見えた。
 まさかもう一度見られるとは思ってなかったんで、呆然としてた僕を現実に引き戻したのは衝撃波を伴った爆風だった。
 はっとして見上げると、UNのヘリを追うようにゆっくりと濃緑色の巨人が姿を見せた。
 ・・・使徒だ。
 確か、第三使徒とか呼ばれてたよな。
 第三?
 そう言えば第一使徒と第二使徒は何なんだ?
 セカンドインパクトを起こしたって言うのが第一使徒なのか?
 だったら第二使徒って・・・
 ってこんなこと考えてる場合でもないな。
 そろそろミサトさんが来るころだし。
「わっ。」
 もう一度爆風。
 それをさえぎるように青い車が走りこんできてくれた。
 同時に扉が開く。
「お待たせ、シンジ君。早く乗って!」
 ミサトさんだ。
 ・・・懐かしい。
 素直にそう思えた。
 たとえ、僕の事を知らないミサトさんでも。
「ボーっとしてないで、早くっ!」
 あ、そうだった。
 あわてて乗り込む。
「しっかりつかまっててね。」
 ミサトさんは僕が乗り込むか乗り込まないかのうちにアクセルを踏み始めた。
 シートベルトをする時間くらいくれたってっ。

 で。
 僕が何を言っていいか分からなくて黙りこくってると、
「とりあえず自己紹介するわね。あたしは葛城ミサト。よろしくね、シンジ君。」
 そう言ってにっこりと笑う。
 やっぱり、知らない人を見る目だよな。
 ま、しかたないけど・・・
 だから、こう答えた。
「こちらこそよろしく、葛城さん。」
「ミサトでいいわよ。でも、ずいぶん落ち着いてるのね。あんなところに居あわせたのに。」
 そりゃ、一度体験してるし。
 なんてことを言うわけにもいかないので適当にごまかしたんだけど。
 言ったら変な目で見られるのが落ちだろうしね。
 その後は無難な会話をしつつN2爆雷で吹っ飛ばされたり、ネルフの中で迷ったりしてた。

 今、僕の前にはエヴァの顔がある。
 リツコさんが誇らしげにエヴァのことを言ってるけど、そんなのに興味はなかった。
 さらには父さんが出てきて、「出撃」とか言いだしたけど。
 それさえもどうでもよかった。
 ただ、エヴァに乗るかどうか、それだけを考えてた。
 父さんは僕が怯えてるって誤解したみたいで、
「どうした?乗らないのか?」
 なんて言い出した。
「いきなり呼びつけて、こんなのに乗れって言うの?」
 僕は考えを決められるかも、って思ってとりあえず答えてみることにした。
「そうだ。」
「僕に何ができるって思うのさ?あんな化け物と戦うなんて無理に決まってるじゃないか。」
 あの時だって暴走が起こらなかったら勝てなかったんだろうし。
 もっとも、今の僕なら勝てるかもしれないって気はする。
 シンクロ率自体は上がってるはずだし。
 第三使徒は別に特別な力を持ってたわけじゃないし。
 僕が考えてるのはその先だ。
「座っていればいい。それ以上は望まん。」
 ・・・・・・思わず笑い出すところだった。
「座ってるだけでどうするって言うんだよ。死ねって言ってるのと同じじゃない?」
「おまえがやらなければ人類が滅亡する。」
「それなら乗っても乗らなくても変わらないってことだろ?」
 なんか楽しくなってきたな。
 前と違ってまわりの反応を冷静に見てられる。
 ミサトさんが「逃げちゃ駄目よ」とか言ってるけど、この状況で乗りますって言うほうがおかしいんじゃないかなぁ?
 でも。
 ここに来れば結論が出るんじゃないかと思ってたのにな。
 そうこうするうちに業を煮やしたのか、父さんは綾波を運び込ませた。
 綾波、か・・・
 体中に包帯が巻かれてる痛々しい姿。
 なのにエヴァに乗ろうとするんだな・・・
 父さんの命令だから?
 それが「絆」だから?
 確かに、綾波には「何もない」のかもしれないな。
 いや、何もないのは僕のほうか。
 何もかも置いて来てしまったんだから。
 僕には戦う理由なんてないって思ってた。
 けど・・・
 結局、僕に選択肢は無かったのかもしれないな。
 さすがにあの状態の綾波が戦おうとしてるのをほっとくわけにもいかないんだよな、やっぱり。
 たとえ「この」綾波が僕のことを知らないんだとしてもね。
 だったら覚悟を決めちゃったほうが楽なんだろうな。
 だから。
 僕はエヴァに乗ることを決めた。
 やり方次第で「あの世界」を回避できるって自分に言い聞かせながら。
 今度こそ上手くやれるようにって思いながら。


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