ミサトさんのマンション。
 結構久しぶりだよな。
 と、ふと思う。
 部屋の中って相当汚れてるんじゃなかろうか。
 アスカが家事やってるとは思えないし・・・。
 まぁ、そのときは掃除でもしておくか。
 それはそれで気晴らしになるだろうしね。
 なんてことを考えてたんだけど。
 玄関のドアを開けると、驚くほどきれいだった。
「さぁ、早く入んなさいよ・・・ってなに意外そうな顔してんのよ。」
「いや、なんかずいぶんきちんと整頓されてるなぁって・・・」
 そう言うと、少しむっとしたように。
「あのねぇ、人をなんだと思ってんのよ。」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「あぁ、でも、前ここ住んでたわけだし。ミサトのずぼらさを見てりゃそう思うのもムリないかもね。」
 なんか一人で納得してるし。
 でも、そうなるとアスカが家事をやってるってことか?
 あのアスカがねぇ。
 前の世界では、家事と名のつくものはひとつとしてやってなかったような気がするんだけどさ。
 どういう心境の変化なんだろう。
 いや、さすがにだれかがやらなきゃ人間の生きてる環境じゃなくなるもんな。
 必要に迫られてってことか。
 ミサトさんはそういうこと全然気にしなさそうだしね。
「サード、こっちよ。」
 そう言って指差した先は。
 物置、っていうかまぁ前の世界で僕が住んでたとこなんだけど。
 アスカが来たからこっちに引っ越すことになったんだよな。
 で、その中にはチェロのケースとか、いくつものダンボールとか。
 それなりに整頓されて置いてあった。
「なんか・・・すごいね。」
「でも、これってほとんどがアンタの荷物よ。」
「へ?」
「アタシが来てしばらくたった頃に送られてきてたのよ。」
「そうなんだ?・・・ってだったら服買う必要なんてなかったじゃないか。」
 この中に一通り入ってるんだから。
「・・・忘れてたのよ。」
 ちょっと顔をそらしてぽそっと言う。
「まぁ、いいけどね。」
 にしても。
「これだけの荷物をどうするかだよなぁ。」
「どうするってアンタんとこに送るしかないでしょ?まさか持ってくわけにもいかないだろうし。」
 そういうことじゃなく。
 別になくてもかまわないものなんだよね。
 だから捨てちゃってもいいんだけどさ。
 で、そう言ったらあきれられた。
「・・・アンタねぇ。」
 軽くため息をついて。
「アンタってヘンにすさんでるわよね。」
「かもね。」
 でも、ああいう経験すれば誰でもすさむだろ?
 前向きなアスカのほうが不思議だよ。
 それは立派なことだと思うけどさ。

 それから。
 チェロを引っ張り出して、軽く調弦して。
 僕はゆっくりと弾き始めた。
 曲の名前は忘れちゃったけど。
 ゆったりとした、少し物悲しい感じの曲。
 前の世界での「今日」僕が弾いた曲。
 何でこの曲を選んだのかは自分でもよく分からないんだけど。
 まぁ、一番よく弾いてた曲ではあるんだけどさ。
 この世界に戻ってから。
 やることっていえば先のことについて悩むことと。
 チェロを弾くことくらいだった。
 なにかに没頭してる間だけはいろいろなことを忘れられたから。
 チェロを選んだっていうのは、やっぱり好きだったからなんだろうな。
 前にアスカに聞かれたとき。
 やめる理由がなかったからチェロを続けてたって言ったけど。
 それだけでもなかったらしい。
 もっとも、なんとなくって理由のほうが大きかったんだろうけどね。
 ずっと弾かずにいても平気なくらいだったんだから。

 曲を弾き終わると。
 アスカはきちんと拍手してくれた。
「けっこう上手じゃない。」
「ありがとう。」
 思ったよりうまく弾けたな。
 ここの所全然弾いてなかった割にはね。
 でも、上手いってレベルじゃないんだよね。
 それは自分でもわかってる。
 それでも誉めてもらえば悪い気はしないけど。
「ってもうこんな時間?」
 アスカが驚いたように言う。
 ふと外を見るともう夕方になってた。
 弾いてる間って結構時間の感覚がなくなっちゃってるんだよな。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
「アイツのとこに帰れるかってこと。」
 ひどくさらっとした口調だったけど。
 でも、心配してくれてるんだってわかってしまった。
「帰るよ。ちょっと・・・きついけどね。」
 だから正直に答えたんだけど。
「じゃあ泊まってく?」
 ・・・こういう返しは予想外だったな。


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