「そういえばさ。」
「ん?」
「アスカはあれからどうしてたの?」
 あの世界で僕と別れてから。
「あの後?他に誰かいないかって探し回って、結局何も見付からなくて疲れて寝ちゃったのよね。で、気がついたらこっちの世界にいたってわけ。」
「僕と同じ、か。」
 なら、アスカにも僕たちがここでこうしてる理由は分からないんだろうな。
「確かに最初のうちは混乱したけど、知らない場所に飛ばされたわけでもないし、すぐに慣れたわ。」
 いったん言葉を切って。
「で、落ち着いてからよく考えた結果、二度もあんな目に会うのはごめんだって結論に達したわけよ。だからドイツにいる間はひたすら勉強と訓練に明け暮れたわ。」
「・・・アスカはすごいな。」
「何よいきなり。」
「いや、さ、僕はただ悩んでるだけだったから。」
 エヴァに乗るかどうかって事だけを。
「まぁ、こっちに来る事にしたんだけど、それにしたって、アスカや綾波が戦う事になるんだからほっておけないって思ったからだし。」
「消極的なんだか積極的なんだか分かんない理由ね。」
 少しあきれたようなアスカの口調も当然なんだけど。
「それでもさ、何とかサードインパクトを起こさずにすむようにしようってくらいは思ってたんだ。」
『あの世界』がいやだっていうのはやっぱりあったわけだし。
「最初の使徒は結構楽に勝てたんだ。それでこれなら何とかなるかもって思ってたんだけど、次の使徒のときに苦戦してさ、結局前と同じやり方で倒すはめになったんだよね。」
 というよりは、他のやり方で失敗するのがこわかったというか。
 試す勇気がなかったんだよな、結局。
「で、どうせ僕には未来なんて変えられないんだ、ってやけになってた時期もあったくらいだし。」
 そう言って肩をすくめる。
「相変わらず後ろ向きだったわけね・・・けど、アタシと会ったときはそれなりにマシになってなかったっけ?」
「そう?」
「そうよ。この世界のシンジってずいぶんまともなやつだって思ったし。」
 それはそれで少し悲しい物があるけれど。
 前の僕っていったいどんな風に思われてたんだろう・・・
 それはともかく。
「それは綾波のおかげなんじゃないかな。」
「なに?のろけ?」
 即座に問い返してこなくてもさ。
「そうじゃなくてさ。ヤシマ作戦のときに綾波が僕の盾になってくれたんだよね。」
「それは知ってるけど。」
「僕は他の方法を考えもしないで、綾波を犠牲にするようなやり方でもいいやって思ってたんだよね。ろくに考えもしないでさ。」
 薄く笑う。
 昔の自分を馬鹿にするように。
「なのに、綾波はそんな僕を守ってくれた。それも命令されたからじゃなくて、『一緒に住んでるんなら家族みたいなものだ』って、僕がなんとなく口にしただけの言葉のためにね。」
 あの時は自分の弱さを思い知らされた気分だったもんな。
「だからさ、決めたんだ。たとえ少しでも変えられる物は変えていこうって。」
「なるほどね。」
「まぁ、たいしたことはできてないけどさ。」
「それでも、鈴原は何とか助けられたんだし、今回の戦闘にしても一応無事に終ったわけでしょ?それなりにうまく行ってんじゃないの?」
 だと、いいんだけどさ。

「正直言えば、こっちの世界ではアンタと話すつもりはなかったのよね。」
 唐突にそんな事を言い出す。
「それなりに考える時間もあったから、あんなふうにぎすぎすした関係になっちゃった責任がアタシにも十分あるってのは分かってたんだけど、だからって割り切れる物でもないし。それでいろいろ考えた結果、あまり関わらないのが一番だろうって思ったわけよ。あの時点では、こっちのシンジはアンタじゃないって思ってたし。」
「それじゃあ、なんで僕に話し掛けてくるようになったのさ?」
「前に言わなかったっけ?」
「聞いたけどさ。」
 微妙にごまかされてるような気もしてるしね。
「あのまんまよ。ようするに、この世界のシンジはアタシの知ってたシンジじゃないって気になったからかしら。」
「・・・」
「こっちのシンジは随分しっかりしてる、とか思ってたのよね、あの頃は。」
 そこで苦笑いして。
「それが『アンタ』だったって言うんだからお笑いよね。」
「・・・悪かったね。」
「別にけなしてるんじゃないわよ?なんか話がそれちゃったけど、アンタが昔に比べてまともになってるって言いたかっただけで。」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどね。」
 アスカは、昔の僕を知ってる唯一の人だから。
 でも自分自身が納得しきれてないんだよな。
 僕はきちんと成長できてるのかって。


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