シンジレイの事情

第3話


 しっかし、どうやれば「あいつ」よりも優位に立てるのかなぁ。

 テストの順位とか何とかで勝ってもそんなの決定的なものじゃないし・・・

 もっとこう明らかにわたしの方が注目を集められるような事ってないかなぁ。

 などと考えてると、当の「あいつ」が声を掛けてきた。

「綾波さん、日誌の事なんだけど・・・」

 顔を上げると、軽く微笑むようにした碇君がわたしの方を見ていた。

 ・・・ふぅむ。

 こうしてみると、たしかに人気があるのも分かるなって気もする。

 すごいハンサムってわけでもないんだけど。

 中性的な、線の細い感じの結構整った顔立ちで、それでいつも穏やかな表情を浮かべてる。

 頼まれた事は何でもやってたような気もするし、嫌な顔一つしてなかったもんね・・・

 それに病院の院長の息子なんだって話も聞いたなぁ。

 要するにこれといった欠点がないんだよねぇ・・・

 ホント、どうすればいいんだろう?

「あの・・・綾波さん?」

 少し心配そうな声。

 おっといけない、観察に夢中になってた。

「・・・ごめんなさい、考え事をしていたものだから・・・・・・」

「そうなんだ・・・ゴメンね、邪魔しちゃったみたいで。」

 申し訳なさそうに碇君が言う。

 むぅ、どっちかって言うとこの場合わたしが悪いと思うんだけれども・・・・・・ま、いっか。

「・・・かまわないわ。それより、日誌の事?」

「あ、うん。実は・・・」

 まじめだなぁ。

 碇君が話してる内容を聞きながらわたしが考えてるのはそんな事だった。

 日誌なんて適当にやっておけばいいのにって。

 手抜きしようとも思わないけど、だからってそこまで熱を入れるようなものでもない。

 誰でもそんなふうに考えると思うんだけどなぁ。

 ま、いいんだけどね。

 苦労するのはわたしじゃないし。



◇ ◇ ◇


 我ながら、変だなって思う。

 今日の分の日誌を書いてたはずなのに、気付いたら綾波さんの方を見てた。

 最近こんな事ばかりだ。

 いつのまにか綾波さんを目で追ってる自分に気付く。

 本当に不思議だ。

 こんなふうに何かに心を惹かれてるって事が。

 今までは、周りに関心を持った事なんてなかった気がする。

 何が起こっても、それは僕にとってはどうでもいい事だった。

 それを無視しようとか、そういうわけでもなかったんだけれど。

 自分としてはきちんと対応しているつもりだけれど。

 でも、それが僕の心に何かを刻むかって言えばそれは別問題だ。

 何も残りはしない。

 ただ、何かが起こったっていうだけだ。

 そうして僕の周りを過ぎ去っていくだけ。

 本当にそれだけの事だった。

 今までにいろんな事があったはずなのに。

 僕の心に残ってるのは、父さんに、血縁上の父さんに捨てられた時の事くらいだ。

 あの時のやるせない寂しさと、今の父さんに引き取られた時に感じた暖かさ。

 それだけが全て。

 それ以後の事は何か霞がかかったような印象しかない。

 もっとも、今まではその事に何の疑問も感じなかった。

 そんな物なんだろうって思うだけだったから。

 それに違和感を感じたのは、きっと綾波さんに会ったから。

 あの瞳を見てしまったからなんだろうな。

 綾波さんの瞳には周囲の事がどんな風にうつるんだろう。

 そして、僕の事はどんな風に見えてるんだろう。

 そう思うと不安になる。

 あれ以来、これまでの自分はただの死体みたいなものだったんじゃないかとさえ思えるから。



◇ ◇ ◇


 その日の放課後。

 何やかやと用事があったせいでずいぶん遅くまで学校に残る羽目になってしまった。

 で、疲れたなぁとか思いながら帰り支度をしていると、碇君が教室に入ってきた。

「あれ、綾波さん?こんな遅くまでどうしたの?」

 って人の事言えないと思うんだけどなぁ。

「・・・先生に用事を頼まれたの。碇君は?」

 わたしがそう言うと碇君は軽く肩をすくめて、

「似たようなものだよ。それより、もうこんな時間だし、迷惑じゃなければ綾波さんのうちまで送ろうか?」

 と言った。

 む、碇君と一緒に帰るっていうのは胃に悪いものがありそうなんだけど・・・

 かといってわざわざ断るのも変な話だしなぁ。

「・・・遠回りじゃないの?」

 とりあえずお茶を濁してみる。

「少しはね。でもたいした距離じゃないし、女の子の一人歩きは物騒だしね。」

 さらっと返されてしまった。

 はぁ・・・・・・仕方ない。

「それじゃ・・・お願いしてもいい?」

「うん。少し待っててくれる?荷物をかたづけるから。」

 碇君はそう言って軽く微笑んだ。



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