シンジレイの事情

第9話


 その翌日のこと。

 いろいろ思うところはありつつも、いつものように学校に行くと教室には碇君しかいなかった。

 まあ、わたしも碇君もかなり早い時間に来てるからこういうことはしょっちゅうあったんだけれど。

 碇君は何かを集中してやっているらしくて、わたしが入って来たのに気づかないみたいだった。

 これもよくあることで。

 そういうときは一応の挨拶をしてそれっきりだったんだけど。

 別に碇君と楽しくお話しようなんて気は起きなかったし。

 と言うより顔を見るのもいやだったんだよね・・・

 競争相手でしかなかったわけだから。

 碇君の顔を見た瞬間、しかめっ面になるのを押さえるのに苦労したもんだわ。

 ・・・何で過去形で考えてるのかな、わたしは?

 別に、碇君が追い越すべき相手だってのは変わらない・・・

 っていっても正体知られちゃってるしなぁ。

 どうしたものか・・・



◇ ◇ ◇




 なんなんだ?

 ふと、妙な気配を感じたんで顔を上げてみると、綾波さんが入り口のところで腕を組んで何やらうなってた。

 考え事でもしてるのかな?

 にしたってなんであんなところで・・・

 そもそも何を考えてるんだろう?

 ちょっと興味を惹かれたんでしばらく見てることにしてみたら・・・

 なんか遠い目をしてたかと思うといきなりしゃがみこんだり。

 次の瞬間には立ち上がって額に手を当てて動きを止めてみたり。

 かと思うとぶんぶんと首を振ってみたり。

 表情もころころと変わるし、非常に楽しい見世物だったんだけれど。

 なんか地が出てるんじゃないかなぁ?

 他の人にばらさないで、って言ってたのは自分だったのに。

 これじゃ、意味ないじゃないか。

 そう思いつつ。

 とりあえず挨拶をすることにした。

 あんまり見つづけてるのも悪趣味だしね。



◇ ◇ ◇




 などと考えてると、

「綾波さん、おはよう。」

 ふえ?

「あ、碇君・・・おはよう。」

 いつの間にやら碇君が軽く微笑んでた。

「何か考え事?」

「え、いや、べつに・・・」

「ふぅーん?ま、いいけど。」

 碇君は非常に疑わしげな顔をしてたけど、それ以上は追求してこなかった。

「それより・・・碇君は何してるの?」

「これ?体育祭のパンフレットの下書き。」

 あ、ほんとだ。

 いろんな競技の順番とかが書いてある。

 にしても・・・

「何でそんなことしてるの?」

「何でって言われても・・・一応実行委員だから。」

 それは初耳。

「にしてもそう言うのってもっと上級生がやるものじゃないの?」

「まあ、普通はそうなんだろうけどね。なんか任されちゃったから。」

 碇君はこともなげに言ったけど。

 そう言うのって一年生が簡単に任されるものなのかなぁ?

 もっともそれを聞こうとしたらほかの人が来ちゃったんで、うやむやになっちゃったんだけど。



 でもやっぱり気になったんで、放課後残ってなんかやってる碇君をつかまえて聞いてみることにした。

 今度は生徒会の書紀の仕事だって言うから、「正気かしらこの人?」とか思ったりもしたんだけど。  ともかく。

 それでわかったのは碇君がすごく忙しい人間だ、ということだった。

 なにしろ体育祭だけじゃなくて他の様々な行事の委員とかまでやってるし、当然クラス委員の仕事もあるし。

 その上、勉強もしてみんなとのつきあいまでこなしていたんだから。

 そのことを碇君に聞いたら、ちょっと苦笑いして、

「なんかそういうの頼まれやすいみたいで。前も言ったけどさ。誰かがやらなきゃいけないことでもあるし、仕方ないかな、と思ってるんだけど。」

 と、答えてくれた。

 ・・・わたしはそういうのから逃げ回ってるからなあ。

「綾波さんだってクラス委員なんだし、結構忙しいんじゃないの?」

「あはは。ちょっと疲れたフリして『・・・ふぅ。』とか言えば誰かしら手伝ってくれるから。」

 わたしがそう言うと碇君はひどくあきれたようだった。

「サ、サギだ。実態はこんな性格なのに・・・」

「ふーんだ。か弱い女の子に仕事を押し付ける方が間違ってると思わない?」

「どこがか弱いのさ?そこらの連中よりよっぽどしたたかじゃないか。」

 む、そーいう言い方は傷つくな。いくらほんとのことだっていってもね。

「ふふん。わかってないわね碇君。」

 だから、ちょっと胸をそらして言ってあげた。

「なにがさ。」

「かわいい女の子は常に守られるべきものなのよ。そこに性格は関係ないわ。」

 それを聞いた碇君はあきれたように、

「本当にかわいい女の子は自分からそんなこと言わないよね。」

 と言ってわたしの方を意味ありげな視線で見つめた。

「それは碇君に見る目がないのよ。」

「はいはい。さて、今日の分は終わったし。そろそろ帰らない?だいぶ遅くなっちゃったし。」

「そうね。」

 わたしが帰りじたくを始めると碇君が、

「綾波さん、お腹すいてる?」

 と聞いてきた。

「うん。」

「じゃあ、何か食べていかない?遅くまで付き合ってくれたお礼におごるよ。」

「ほんと!?」

 うーん。

 碇君ってそつがないなぁ。

 でも正直言うと、そつがなさすぎるって気もするけど・・・



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