一噛みごとに餓えが消えていく。
僕は夢中になって使徒の体をむさぼった。
「るおぉぉぉぉぉぉぉん!」
溢れ出しそうなくらいに力がみなぎっている。
体が一回り膨れ上がった感じで。
そうなると体をおおっている装甲板の事が気になってきた。
いや、確かに体を守ってくれるための物なんだろうけれど。
今の僕にとっては体を締め付けるだけの代物で。
邪魔だよな。
そう思って全身に力を入れると簡単にはじけ飛んでくれた。
そして、体を束縛していた物がなくなってくれると。
実に爽快な気分だった。
体が思い通りに動かせる。
外の空気を感じられる。
そう、感覚も何もかも僕は初号機と共有していた。
いや、僕が初号機なのか。
初号機が僕なのか。
それも分からなくなって。
初号機と溶け合っているような。
・・・溶け合う?
ふと何かが引っかかった。
このままじゃいけないような、そんなかすかな不安感。
なんでだ?
こんなにも気持ちが良いのに。
そう思ってふと視線を降ろすと。
僕が食べ散らかした使徒の残骸が目に入って。
その瞬間。
僕の脳裏に、『あの時』の記憶がよみがえってきた。
ぼろぼろになった弐号機。
何もできなかった僕。
その後の事。
今まで思い出そうとしても無理だった。
それは起こった事が僕の理解を超えていて。
だからきちんと思い出せなかったんだって。
ようやく分かった。
もっとも、今だってあの時何があったかを理解できたわけじゃないし。
というよりもほとんど分かってないって言った方が正しいくらいだけど。
それでもかすかにイメージが残ったし。
おかげでなんとなく分かった事もあった。
『あの時』、全てが一つになろうとしてたんだと思う。
全てが溶け合って、誤解もすれ違いもない世界。
お互いに傷付け合う事すらなくなるって。
それはある意味で理想的な世界なのかもしれない。
だけど、僕はそれを拒否した。
僕は『碇シンジ』っていう一人の人間でいたかった。
僕のままでみんなと会いたかったんだ。
その結果が『あの世界』だっていうのはなんとも言えないものがあるけどさ。
それでもあの時の選択が間違いだったとは思えない。
そう選んだってことすら忘れていたし。
今のこの世界になじみきれてないのも事実だけれど。
やっぱり僕は他人と触れ合いたい。
他人と溶け合いたくは・・・ない。
だから。
僕は僕でいよう。
初号機の与えてくれるこの感覚にはとても心を引かれるし。
このまま身を任せてしまいたいのも事実だけれど。
それでも。
目を開けるといつもの天井だった。
・・・いつのまにか意識を無くしてたのか。
リフトに乗ったとこくらいまでは覚えてるんだけどな。
と、額にひんやりした物が乗せられて。
「・・・綾波?」
綾波は僕の事をじっと見つめて。
何も言わずに、さするように手を動かした。
綾波から僕に触れてくることなんてほとんどないし。
僕にしたって女の子にべたべたするっていうのも抵抗があったし。
そんなこんなで、僕たちは近くにいる割には微妙に距離をとっているのが普通だったから。
こうやって頭をなでられるっていうのは変な感じなんだけど。
不思議と落ち着けた。
・・・ん、だけど。
なんかベッドの反対側から視線を感じる。
で、視線を動かしてみると。
アスカが機嫌悪そうにこっちを見てた。
「ったく、ようやく気付いたわけ?」
「ごめん。」
「いいけどね。ま、その調子なら心配なさそうだし、ジャマするのも悪いから失礼するわ。」
そう言いながら立ち上がる。
「アスカ?」
「ミサトに呼び出しうけてんのよ。」
「ミサトさんに?なんで・・・って、決まってるか。」
命令無視とかATフィールドでの攻撃とかやっちゃってたもんな。
「多分ね。」
僕が心配そうな視線を向けると、アスカは軽く肩をすくめた。
適当にごまかすってことか。
まぁ、それしかないんだろうけど。
「それじゃ。あんまり心配かけてんじゃないわよ?」
「わかってるよ。」
僕の言葉に、アスカは軽く笑いを返して出ていってしまった。
その後、横になったまま綾波に頭をなでてもらっていたら。
「・・・あの人、ずっと碇君の事を心配そうに見ていたわ。」
しばらくして綾波がぽそっとそんな事を口にした。
アスカが僕の事を心配してくれてたっていうのは嬉しかったんだけど。
なんか綾波の口調に含みがあるように思えて。
その事がひどく気になった。
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