・・・正気か?
 あの人のイカレタたわ言を聞いて思ったのは、ただそんなこと。
 こんな簡単に見捨てるなんて。
 綾波をなんだと思ってるんだ?
 何のかんの言ってかわいがってたんじゃないのか?
 いや、そうか。
 あの人にとって綾波はただの人形に過ぎないってことか。
 大事なことは大事なんだろうけど。
 それは一定の範囲でのことでしかなくて。
 いざとなれば容赦なく切り捨てられる程度のものでしかないわけだ。
 まして、綾波には代わりがいる。
 あの人の目的にはそれで十分、と。
 そう思ってるわけか。
 でも、僕にとってはそうじゃないんだ。
 今の綾波に代わりなんていない。
 だから。
「綾波っ!」
 思い切り叫んだ。
『・・・いかり・・・くん。』
「自爆したら前とおんなじじゃないか。それじゃ何の意味もないよ。」
『でも・・・そうしなければ・・・使徒は倒せ・・・・・・』
 何でそんなことなんかにこだわるのさ。
「そんなの!すぐに僕が行くから。」
『そ、そうよ、とにかく待ちなさいってば。』
 アスカも一緒に説得にかかってくれる。
『このままでは・・・完全に・・・侵食される・・・から・・・その前に・・・』
「だからって、僕に二度も綾波をうしなえって言うの?」
 そんなのごめんだ。
「あの後、僕がどんな思いをしたと思ってるのさ。」
 あの喪失感。
 綾波と『会えた』今になったって忘れられない。
「絶対。何とかするから。だから・・・っ。」
『・・・碇君。』
 声の響きにためらいを感じた。
 このままいけば思い直させられるかもしれない。
 だってのに。
『レイ、お前の考えている方法で使徒を殲滅しろ。』
 あの馬鹿の声が。
 ・・・いい加減に。
「いい加減にしてくれよっ!」
 なんか、もう。
 腹が立つとか。
 許せないとか。
 そんな気持ちすら起こらない。
 あの人の気持ちとか。
 考えてることとか。
 それさえもどうでもいい。
 気にしたくもない。
 初号機を振り仰ぐ。
「母さん!」
『なっ?』
 ひどく動揺した気配。
 けど、そんなのにかまっちゃいられない。
「綾波を助けたいんだ。だから・・・僕に!」
 力を貸して。
『・・・碇シンジを拘束しろ。』
 相変わらずな命令が向こうから聞こえてきた。
「やめたまえ、碇シンジ君。」
 それに応えて隣の黒服が僕を抑えようとしてくる。
 だけど。
 それをさえぎるように初号機の手が伸びてくる。
「・・・な!?」
『しょ・・・初号機、拘束具を自力排除しました!』
『なんだと?』
 そんなやり取りを尻目に。
 初号機の手に乗って、そのままエントリープラグのところまで運んでもらう。
『・・・LCL注水開始・・・シンクロスタート・・・こちらからは何もしてないのに!?』
「行こう?母さん。」
 なんとしてでも綾波を助けてみせる。

 前回同様半ば脅迫的に地上に射出してもらったわけだけれども。
 零号機はかなり侵食が進んでしまっているみたいで。
 ったく、さっさと出撃命令を出してくれてれば。
「シンジっ。」
 弐号機が駆け寄ってくる。
「ゴメン、結局アンタに無茶させちゃったわね。」
「いいさ、別に。」
 あの人の馬鹿さがこれほどとは思わなかったんだから。
 まぁ、今はそれはどうでもいい。
 ゆっくりと零号機に近づく。
「ちょ、シンジ、危ないってば。」
「・・・いかり・・・くん・・・だめ。」
 その言葉と同時に使徒の体が初号機のほうに伸びてきて。
 そして。
 ただ初号機の装甲の上を滑った。
「・・・な?」
 少し間の抜けたアスカの声。
「どう・・・して?」
 そしてどことなく悲しげな綾波の声。
 自分が拒絶されたと思ったのかな?
 でも、そういうのじゃないんだよね。
 初号機にまとわりついてくる使徒を軽くつかんで、ゆっくりと綾波に話し掛ける。
「綾波。僕はもう誰かと溶け合おうとは思わないんだ。」
 ひとつに溶け合うのは確かに心地よくて。
 それに溺れそうになったこともあったけど。
「僕は僕だから。」
 さらに近づく。
「溶け合ってしまったら、きっとそれは僕じゃなくなっちゃうから。」
 ゆっくりと零号機に触れる。
「僕のままで他人と触れ合っていたいから。」
 こんなふうに。
 他人を感じたい。
 自分の外に。
 それは拒絶じゃなくて。
「多分、それが『好き』ってことだから。」


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